現在、春期講習中です。
5教科、ワークに直接書いてくるという課題を各生徒に出していて、ボチボチ進めてくれているようです。
早めに終わらせたほうが、精神的にも楽ですから、時間はかかりますがパパっと進めてほしいものです。
中3に上がるボーイが、「証明が分からない」と言って問題を持ってきました。
何が分からないのか聞いてみると、「問題文に仮定が書かれていないから、条件が見つけられない」ということのようです。
あれこれ説明しながら無事に解けたのですが、前々から思っていたことを一言。
「もしかして、勉強って教わるものだと思ってない?」
すると、苦笑いしながらなんともいえない表情になりました。
まったくもって責めているわけではないことを伝えながら、笑顔でもう一言話しました。
「勉強って、自分で考えて答えを見つけていくことがゴールだよ。」
学力が高くない子は、勉強に対して受け身ですし、学校の授業もできるかぎり後ろで、先生の目の届きにくいところで授業とは関係ないことをしたがり、説明を聞く耳も強くないです。
「この問題が分からない」と質問してみるものの、説明が長いと途中で聞けなくなっちゃうパターンですね。
だけど、本来勉強って教わるものでなく、自分で答えを見つけに、求めにいくことだと思います。
もちろん、正解がない、正しい答えはないケースもあります。もしかしたら、そういう問題から着手したほうが考え始める子もいるかもしれませんね。
教わるとしたら、正しい答えがあって、そこにたどりつくまでの中に、分からない部分がある、だからそこを教えてほしいという”一部分”かなと考えます。
問題を見て、「ハイワカラナイ~」というのは、丸投げであり問題を解く意志は感じられません。
最終的には本人の意思次第とはなってしまいますが、その意思を持つためにどんな話ができるか、というのは触れてみるのもいいかなと考えます。