「間違えたら面倒くさい」という認識

西中は今週から、旭中は来週がテストです。年々、テスト実施日が早くなっていくような気がします・・・。いつも5月末くらいだった気がするけどなぁ。。。

こうしてテストが近づいてくると、だんだん「この子は点数が取れそうだな」「今回も今までと変わっていないな」という道に分かれてきます。

その差はひとえに、「こちらから出している課題を丁寧にこなしているか」どうかにつきます。

スッと期限内に提出してくれる子は、「今回も点数が取れそうだな」と感じさせてくれます。内容を見ても、追い込んでとまではいきませんが、自分で間違えた問題に対して丁寧にコメントが書かれていて、次につながる直し方をしています。

点数が取れない子は、その逆で、間違えた問題を消して答えを書き直して丸をつけている、もしくは答えや解説を丸写しするだけです。

おそらくですが、そうした子は「間違えた後が大切」なのではなく、「間違えたら面倒くさい」という認識なのでしょう。

そこは、おそらく多くの子が心当たりあると考えます。

赤ちゃんって、必死に立とうとして、何度も何度も転びながらチャレンジします。親御さんは、そうした我が子を見守ってきたことと思います。

年を重ねるごとに、いつのまにか失敗することが良くないと思うようになってしまうのですよね。だけど、人間って、失敗して次にどうやろうかと考えながらうまくいく方法を見つけたりチャレンジするのだと思います。

最後にうまくいけば、失敗は失敗ではなくなります。だから、面倒くさいと思う代わりに、次はうまくいくよ、できるまでやり続けるよ、そう考えてほしいですね。

冒頭で書いた「こちらから出している課題を丁寧にこなしているか」というのは、おそらくルーツに来るまでに、様々な環境で適当に問題を解く癖がついたり、答えを丸写しすればいいやという悪知恵?がついたりしたのだろうと容易に察しがつきます。

それを改善していくことで、成績は安定して伸びてくるだろうし、本人もがんばるきっかけとなると考えます。

”丁寧に”という表現は、割と抽象的かもしれません。具体的には、見やすい字で書くとか、正しい漢字で書くとか、間違えた問題に自分なりのコメントを載せる、そういったことです。

間違えよりも、提出期限を守らない、課題を避けようとする、とりあえず答えを映して間に合わせる、そうしたほうがこちらはイヤです。

そんなに逃げようとするなら、そもそも塾に通う必要はないとさえ考えます。

特にルーツでは、なんとか少しでも成績を上げたい、今の状態がヤバいから必死に勉強したいという生徒さんをお預かりしています。

だからこそ、来ていただくからにはこちらも真剣に指導させていただいています。

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